ハワイ共和国から現在

 1881年、カラカウア王は、即位後世界周遊を行い、日本にも立ち寄り移民の要請を行っています。

 その後多数の日本人がハワイに渡り、農業に従事しましたが、大変な苦労だったようです。もっとも移民を行ったのは日本だけではなく、手元の資料によると中国、ポルトガル、韓国、フィリピン、プエルトリコ、サモアといった国からも移民が行われています。

 1894年にはハワイ共和国が成立し、観光を目指した再開発が行われました。一方でアメリカがハワイの地の利に目をつけ1898年に併合。

 1900年からはワイキキの開発が行われ、1901年に今のシェラトンモアナサーフライダーの前身のモアナホテルがオープン。これがワイキキの最初の大型ホテルです。

 手元にある写真を見ると、1886年の写真には馬車が写っていますが、1912年には車が走っていますので、この間のハワイの発展はものすごい勢いだったように思えます。

 1921年にはホノルル港が改修され大型船が就航できるようになったとありますので、その頃は米国本土からの観光客が訪れていたのではないでしょうか。

 ちなみにホノルル港とは、アロハタワーが建っている港のことです。アロハタワーそのものは1926年に出来たようです。このアロハタワーは今も上に登って周囲の景色を眺めることが出来ますが、ひじょうに素晴らしい景色です。

 登るときはなんとも古めかしいエレベーターを使います。このエレベーターの速度がまた極端に遅いので、そんなことにも歴史を感じます。

 1927年にはロイヤルハワイアンホテルがオープン。ちなみにワイキキはもともと湿地帯だったので、そこを埋め立てて今のリゾート地にしたというのは有名な話しです。埋め立てに使った土は、アラワイ運河のものです。

 船が就航し、埋め立てが終わりホテルが出来れば、観光地化はどんどん進みます。しかし1930年当時の写真を見ると、ワイキキには二つのホテルしかなく、後は小さな家と植物に覆われています。

 その後世界は徐々にきな臭い雰囲気になり、ハワイは観光地というより軍の拠点としての色彩が強くなります。ただ言い方は良くないのですが、ある意味では軍需景気でハワイ全体が潤っていたとも言えます。

 そして1941年、遂に日本軍による真珠湾攻撃。この攻撃時の号外は、今でもアリゾナメモリアルの売店でそのコピーを購入することが出来ます。私も買いました。

 またアリゾナメモリアルの見学時には、当時の説明も行われるのですが、日本軍の飛行機がどこから飛来してどのように攻撃したかと言うことを細かく語ってくれます。(英語ですが)

 1945年に終戦を迎え、そこから再びハワイは観光立国を目指します。1959年にはジェット機が就航するようになり、日本にも徐々にハワイの素晴らしさが伝わります。

 1970年にジャンボが就航しますが、その頃からハワイの伝統文化を見直そうという風潮が高まり、フラダンス等が脚光を浴びるようになります。

 そして当初は高嶺の花だったハワイ行き航空券も、格安チケットなるものが出現するようになり、為替の自由化も行われ、日本では一気にハワイアンブームが。そして現在に至っています。



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