抗ガン剤の作用時間について

 第14章から16章までで、血液の基礎的な知識から、悪性リンパ腫の化学療法に対する基本的な知識を、私自身が分かる範囲で、なるべく理屈に沿ってまとめ終えたつもりです。

 ここからは、一通りまとめ終えて、まとめながら不思議だなと思うことがいくつかありましたので、それを指摘しておきたいと思います。

 先ず化学療法全般に関わることで何回も書いていますが、「抗ガン剤は細胞分裂時に作用する」と、様々な本に書いてあります。しかしこれは、逆に言うと、細胞分裂時以外では作用しないという風に言い換えることが出来ます。

 この点について、私なりの疑問と結論を書いておきます。

 先ず、改めて「細胞周期」に注目しているのですが、ヒトの結腸上皮にある細胞周期の具体例が高校の生物の教科書や参考書に出ています。

 これによると、細胞分裂の過程は4段階に分けることが出来て

@ DNA合成準備期:15時間

A DNAの合成:20時間

B 細胞分裂準備期:3時間

C 分裂期:1時間

となっています。つまり1回の細胞分裂に要する時間は約42時間であり、その中で実際に細胞分裂を行っている時間は1時間だという事です。

 それでは造血幹細胞等の細胞周期はどうなっているのか?ネットで調べてみましたが、何時間ぐらいと書かれたデータが見つかりません。

 唯一出典が明らかではないのですが、大学の授業内容ではないかと思われるpdfファイルがありました。題名が「がん化学療法のガン治療における意義は?」となっていて、これの8ペ-ジに細胞周期についての記述がありました。(ただしこの場合のガン細胞は悪性リンパ腫細胞ではないと思えます)

 この資料では、上記@が12時間〜2、3日、Aが2〜4時間、Bが2〜4時間、Cが1〜2時間となっています。つまり全体が17時間〜3日と8時間(80時間)となり、その間の細胞分裂の時間が1〜2時間という事です。

 分かりにくいので表にします。

@ A B C 合計 C/合計 (A+C)/合計
結腸上皮細胞 15 20 42 1/42 21/42
ガン細胞? 12〜
3日
2〜4 2〜4 1〜2 17〜
80
1/17〜
2/80
3/17〜
6/80

 従って細胞分裂全体の中で実際に細胞分裂を行っている期間は、上の例で全体の約40分の1、下の例では17分の1から40分の1程度です。

 従ってどちらの場合も、いわゆる抗ガン剤がもっとも効果を発揮する細胞分裂をしている時間は、1つの細胞に対して1周期の17分の1から40分の1の期間しかないわけで、これは驚くほど少ないと言わざるを得ません。

 ただし抗ガン剤の一種であるアルキル化剤や代謝拮抗剤がDNAの合成を阻害する作用があるとされていますから、それをそのまま素直に受け取ればAの期間にも抗ガン剤は作用する可能性があります。

 と言うことは上の例で言えば、全体の約半分の期間、下の例で言えば全体の6分の1〜13分の1程度の期間で抗ガン剤の効果が期待できることになります。

 ただしこの考え方ですと、「抗ガン剤は細胞分裂時に作用する」という前提条件が崩れます。しかし実際問題、作用する時間が40分の1しかなかったら、ほとんど抗ガン剤の効き目は無いに等しいはずで、それが悪性リンパ腫の場合は効果がある、と言うことですから、抗ガン剤の作用はAのDNA合成期にも働いていると考えた方が良いように思えてきました。


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