宣告 

 2月14日(土)。昼ごろ病院に到着。

 病室で激しい悪寒に襲われているYと会う。厚手の布団をかぶっているが、歯の根が合わないような震えだ。見ているだけでも恐ろしくなる。

 しかしYに言わせると、これまでも同じようなことが何回もあったので大丈夫という。トイレに行きたいというので、いったん退室。途中で主治医に呼び止められ、現状の説明を聞く。

 「レントゲンとCTの結果を見ると、石灰化は以前と同じで変わっていませんが、両肺の下部に直径2〜3ミリメートルの粒状影が見られます。これは真菌による肺炎の症状と考えられます。通常の感染症やウイルスによるものではありません」

 真菌とは、どうやらカビの一種のようだが、もともと自身の体内に存在しているもので、通常は自身の免疫系によって制御されている。

 しかし、白血球が減少し、体力が低下すると猛威をふるう。特にYの場合はカンジダという真菌が原因になっているようだ。主治医の説明は続く。

 「白血球が下がるとどうしてもこのような症状が現れてしまいます。現在白血球は550でCRPは約12ですが、すでに血液中にBlast(芽球)が現れています」

 「通常の回復過程より表れ方が早いので、薬の効きにくい白血病細胞が残存していたという証拠になります」

 見かけ上はいったん消えたが、抵抗力の強い白血病細胞が残っているということだ。それらが正常の白血球を押しのけて増えてしまうのが、白血病の特徴だ。従って

 「ノイトロジンを使うと白血球は増えますが、同時にBlastも増えてしまうので、今日はノイトロジンを停止しBlastが減るかどうかを見ています」

 「しかしそれでも場合によっては増え続ける可能性も否定できません。そうなると真菌による感染症の治療は非常に難しくなります」

 言葉は丁寧だが、内容は厳しい。とすると今後の治療はどうなるのだろうか。

 「このままですと、高熱が続くため体力も落ちます。そうなると予定していた幹細胞の移植は難しくなります。今後、肺炎の症状が消えれば、化学療法によって再び寛解を目指すことになります。しかし悪化した場合は治療が出来ません」

 あっさり言われてしまったが、「治療が出来ません」というのはどうゆうこと?これは要するに手の施しようがない、という意味なのか。

 ついにそこまで言われてしまったのかと一瞬絶句。そこまで言うのなら、これまで感染症を恐れて、あまり食べてこなかった食物も、好きに食べていいのではと問いかけると

 「食べ物は食べる気があるなら、個別包装のしっかりしたものなら良いと思います。例えばゼリーやふたがついたアイスなどです。むき出しの生クリームやコンビニのサンドイッチ類は衛生上問題があります」

 「なんだ、だったらもっと早くから好きなものを食べさせれば良かった」治療中から、たくさんは食べられないものの、「あれが食べたい、これが食べたい」と希望だけはYから伝えられていたのだ。

 逆に言うと、主治医も現状がひじょうに厳しいということを認識して、食べたいものがあればいいだろうと態度を和らげたのかもしれない。さらに説明は続く。

 「通常の白血病の化学療法では、治療後5〜6週間で次の治療に入れます。従ってYさんの場合、すでに回復期に入って元気になっているはずですが、骨髄内で芽球が増えているため、好中球の増殖が阻害されています」

 「このまま悪化すると呼吸状態が悪くなります。その場合人工呼吸器や気管切開を行う延命治療も視野に入れなければなりませんが、これは家族の同意を必要としますので、あらかじめ話し合っておく必要があります」

 「しかし延命しても白血病そのものが治るわけではありませんので、ほんの数日命が延びるだけだと思われます」

 「また今後心臓への負担が増し、心不全等の症状が起きることも考えられます。万が一、他の感染症と合併症状を起こしたときは、救命の可能性はほとんどありません。Yさん自身も、さすがに高熱が続くので、気分がだいぶ落ち込んでいます」

 あれほど治療に前向きで、けなげに取り組んできたYの気分が落ち込んでいるという。治療が辛いのではない。回復しないことに苛立っているのだ。

 これは大変な事態になってきた。万が一の場合も考慮に入れなくてはいけないと思い、夜になって妹さん宅に現状説明の電話を入れた。これからは毎日、病院に行くことを決意。


トップぺージに戻る  第10章 願わくば 何をすべきかへ