回復期ではなく、実は・・・ 

 2月20日(金)。病院へ行く途中で、早めに行っていた妹さんより「酸素吸入が必要になった」というメールがくる。

 Yの大好きなミルクティーを購入して急ぐ。病室ではいきなり吸入の現場に出くわした。熱は不思議とないが、確かに呼吸は浅く苦しそうだ。それでもまともな会話はできるし、意識もはっきりしている。

 主治医を探し、現状を説明してももらう。

 「肺のレントゲンを見ると1月23日、2月8日、2月20日と日を重ねるごとに影が濃くなっています。つまり肺炎の症状が進んでいるということです」

 「CRPも25に増加しています。白血球も全体として増加していますが、そのうちBlast細胞が53%もあるので、肺炎が改善しません」

 体重がわずかずつ増えているようだが、という問いに対して

 「体重増の一番の原因は栄養不良です。栄養が血液中に行き渡らない(小腸で吸収できない)ため、血液濃度が薄くなり、浸透圧(血管内外の溶液の濃度の違いによる圧力差)の関係で血液中の液体成分が、体内に浸み出しています」

 「それによってむくみもおきています。さらに体内に浸み出した成分は、代謝しにくいので溜まる傾向があり、体重が増えることになります」

 まことに明快な回答だが、栄養不良の原因は白血病の「食べてはいけない」という治療と、腸内細菌が死滅してしまい栄養吸収力が低下していることに原因がある。

 現代医学の限界だろうか。それとも酷使されたY自身の体力が限界を越えてしまったということか。

 「肺の粒状影の原因が何に該当するか、現段階では厳密に特定できていません。真菌剤は効果を表していますが、熱が下がらないのはそれ以外の原因もあると思われます」

 「一つの可能性として、白血病細胞自体が肺の中に入り活動している可能性もあります。そのため肺中の血管でガス交換がうまく行われなくなり、肺の虚血状態が起き、息苦しい症状が出ているのかもしれません」

 「しかし白血球細胞が存在しているからといって、今から化学療法を行うのは、現状の体力では不可能です」

 「今後の治療は感染症対策と白血病対策の両面を考えなければなりませんが、今は体力回復を目指し様子を見ています。またピリルビンの数値も気になります。肝臓が疲れてきているので、場合によっては黄疸になる可能性もあります」

 主治医との別れ際、落胆した私の様子を見てねぎらおうとしたのか、

 「ご主人もこの1年半に渡り、本当に努力されましたね」といきなり過去形で言われ、一瞬なぜそのようなことを言われたのか理解に苦しみ、「え?まだYはがんばっていますよ」という声が出かかるが、状況を冷静に判断すると、これはいよいよ主治医も万が一の可能性を見据えているのだな、という確信を持つ根拠となった。

 厳しい説明ばかりで辛いが、一番辛いのは本人だろう。血液検査結果をもらい、やんわりと現状を説明した。言葉を選ぶのに苦労する。

 今回は主治医も検査結果を直接Yに渡すのを躊躇ったようだ。今日明日に急変するということはないようだが、先行きはかなり厳しいということを認識せざるを得ない。この先何ができるか、何をしてあげられるのか。

 病室でYの書いたメモを見ると、酸素濃度92%となっていた。つい数日前まで97%以上だったのがうそのような数値だ。肺炎の進行が早い。吸入処置が施された理由がよく分かる。また血液検査を行うための採血にも苦労したようだ。血が出てこないという記述がある。

 さらに体重は一気に4キログラムぐらい増加している。手足にむくみが出て、何かに触れると痛いと書かれている。痛風の症状に似ている。

 励ます言葉が見つからなくなってきた。しかしYは気丈にも、「大丈夫だから、心配しないで」と言う。「よし、分かった」と返事はするものの、ともすると涙があふれそうになる。痛いと言っていた手を静かに握る。

 ここまできたら感染症もへったくれもない。私自身の雑菌が感染することを恐れて、これまで体の接触は極力控えてきたが、事態は悪くなる一方だ。少しでも私の気力、体力を分けてあげるつもりで、片手を握り、もう片手で体をさする。

 帰り際「じゃまた明日ね」と言って額に口づけ。その瞬間、これまでひたすら冷静に対処しようと抑えていた感情が一挙にあふれ、目から自然に涙がはらはらとこぼれてきた。突然の自分自身の激情にうろたえてしまい、慌てて顔をそむけ涙をぬぐう。


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