病名と治療方針

 病室は素晴らしかった。ベッド周辺の医療機器を除けば、ちょっとしたビジネスホテルの部屋と変わらない。いやむしろそれより上かもしれない。

 広さは15平方メートルぐらいで、ベッドの他に面会者用に二脚の椅子と小さなテーブルが用意されている。

 当たり前かもしれないが、個室なので専用のトイレが付いている。衣服を入れる棚や小さなロッカーの他に、小振りな冷蔵庫、小型の液晶テレビもある。テレビはデジタル放送だった。

 私が病室としてイメージしていたものとはかなり違っている。これなら落ち着いて治療に専念できそうだ。

 さらにフロア全体が無菌エリアとなっている。これはここで行われている化学療法の副作用により骨髄抑制が強く出るため、雑菌の感染を予防するためである。

 すぐに先ほどのH、N両医師があらわれ、診察を開始するとともに、すでに出来上がっていた治療方針と誓約書の説明が行われた。説明書には、以下のようなひじょうに厳しい内容が書かれていた。

(以下原文より抜粋)

病名:悪性リンパ腫、びまん性大細胞型

 転院時のCT検査で左胸の皮膚、両肺、骨に病変があり、病期はW期です。咳があり肺炎等の感染症の可能性も高いため、抗生剤、抗真菌剤の点滴を行っています。

 入院のきっかけとなったカルシウム値は現在も11.4と高いため血管内脱水、腎機能障害が見られます。

 また腫瘍の増殖に伴い、栄養状態も低下しました。発熱の症状もリンパ腫によるものと考えられます。現状は悪性リンパ腫がかなり進行した状態で、極めて厳しい状態であると思われます。

 この状態で強力な化学療法を行うと、腎機能の急激な悪化や急性腎不全、急性心不全、播種性血管内凝固症候群等を合併して急変する可能性があります。

 この合併症を回避し症状を改善する目的で、ソル・メドロール(ステロイド剤)の大量療法を開始していますが、これにより感染症の悪化、血糖上昇等の合併症や肺炎の悪化が起きる可能性があります。

 ステロイド剤使用により、全身状態の改善、腎機能の改善が見られれば、悪性リンパ腫に対してCHOP療法(悪性リンパ腫に対する標準的な化学療法)を行います。

 治療の副作用は、吐き気、嘔吐、食欲不振、脱毛、口内炎、下痢、便秘、発熱、蕁麻疹、血圧低下、膀胱炎、手指のしびれ、味覚障害、肝機能障害、不整脈、心不全等です。ただし全身状態が不良のため、薬剤量を通常の50%に減量して行います。

 今回ひじょうに進行した状態なので、良くなる可能性は20%程度と考えられます。治療がまったく効かない可能性、あるいは治療中に再発する可能性も十分にあります。

 最後に、この治療を受けるか受けないかは患者側の自由意志で決定でき、受けなくても診療を継続する際、不利益にはなりません。また同意後に中止することも自由意志で決められます。

 以上が説明書に書かれていた概略である。

 客観的立場に立ち、理路整然ときちんと説明が行われている。逆に言うと、現状を改善する手立ては、この治療を行う以外にはないようにも読み取れる。

 しかしその副作用たるや、考えられることすべての症状が書かれている。しかもそこまで治療を行っても良くなる可能性は20%だという。予想をはるかに超える厳しい現状の説明文を読み、ただただ途方に暮れるばかりである。


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