2017年8月 金沢、富山新幹線の旅

第1日目 旅行に際して

 7時半に起床。昨晩早く寝たので、睡眠時間は確保。雨が降って気温も下がり寝やすかったです。とはいうものの、持病の血圧が上がっている印象。

 血圧計で測定してみると157/93とかなり高い。実は昨年8月下旬に就寝後、突然激しい頭痛を自覚。飛び起きて、「これはただ事ではない頭痛だ」と直感的に感じたので、息子に頼んで生まれて初めて救急車を手配

 やがて救急隊員2名が来て、最初は状況の確認というか問診。「救急車に歩いて乗れますか」と言われたので、何とか自力で車内のベッドへ。

 しかしその先の記憶がほとんどない。息子も一緒に付き添いで乗ってきたはずですが、そのあたりの記憶も曖昧。ただ頭が猛烈に痛くなり、半分気を失った状態で大学病院に担ぎ込まれたようです。

 というわけで、翌日かどうかは今もって不明ですが、誰かから声をかけられたような気がして覚醒。起きてみるとベッドの上で、心配そうに上からのぞきこまれ、そこでようやく生きていることを意識。

 死というものを非常に身近に感じた瞬間ですが、意外なことに、死への道程はそれほど苦しくないんだなという変な感想を持ちました。

 主治医の診断はクモ膜下出血ということで、もう少し手当てが遅ければ、もうこの世には存在していなかったようなニュアンスでした。

 その後、意識はあるものの朦朧とした状態が1週間ほど続き、やがて少しずつ自分の置かれている状況が分かってきました。

 どうやらこの病気の原因は高血圧や動脈硬化にあるということも分かり、それまでも降圧剤を服用していましたが、今回はそれに血栓防止薬が追加されました。

 この大学病院では約一か月過ごしましたが、途中からリハビリが始まりました。手術後2週間ほどのベッド生活で足の筋肉が萎え、最初は立ち上がるだけにも困難を感じました。

 というわけで、ベッドから立ち上がるとか、ベッドから車いすに移動するというようなリハビリから、モノを持ち上げる、ふらつかずに歩く等の練習を経て、とりあえず日常生活はこなせるまでに回復したころ、別の病院へ転院。

 こういった大学病院では病気の治療だけを行い、リハビリ等は別の病院で行うような指導があるみたいです。

 二つ目の病院で約一か月半のリハビリを行い、何とか自宅に帰って生活ができるまでに回復。11月半ばに退院し自宅に戻り、ちょっと不安に思いながらも通常の生活を開始。

 ちなみに、病気の後遺症として、ふらつき、味覚異常、ろれつが回りにくい等の症状があり、これでは好きな旅行にも当分行けないなとがっくり。この辺りの経緯は、「クモ膜下出血体験記」というサイトでまとめています。

 一方再発の危険性も指摘されていて、再発を避けるためには血圧のコントロールが必要と言われています。というわけで、血圧管理のために適度な運動を行い、アルコール類は自主的に断念。(
ビール1缶程度ならOKとは言われています)

 運動はお世話になったリハビリ病院で今も週2回程度ストレッチ等を行い、また暇があると自宅周辺のウォーキングをしています。さらに食生活にも若干神経を使うようになりました。

 すると面白い?ことにこういった努力を続けた結果、あれほど高かった血圧が少しずつ下がってきて、降圧剤の量も半分から4分の1、そして7月中旬についに降圧剤服用を中止

 この間、1泊で茨城や静岡に行ったこともあり、これなら数泊の旅行も可能ではないかと思うようになりました。というわけで、前置きがとてつもなく長くなりましたが、今回の北陸3泊4日の旅行は自分の体力がどのぐらい回復しているのかを確認する旅行だなと思っていました。

 しかし冒頭書いたように、旅行への興奮?からか、若干血圧高めで出発することになり、興奮しないように注意しないといけないなと思っていました。というわけで、通常の健康な人の旅行とはちょっと違うということです。


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