子供の能力を伸ばすには

 子供が何かをしたいと思ったとき、それを実現し、アシストするのが親の役割だと書きました。以前の日本の家庭では、家族の中に祖父祖母がいて、父親が働きに出ていても、母親は専業主婦として家で祖父母と共に子供を育てる環境がありました。

 そのような環境の中で躾がなされる、ということは以前にも書きましたが、同時に子供の能力を伸ばすことも可能でした。つまり祖父母が昔話を語ることによって、物語や童話に興味を持ち、それがやがて読書の習慣になる、というようなことです。

 母親が行う様々な家事(手料理を作る、家の中を掃除する、洗濯をする、風呂を沸かす)を子供が見ることにより、自然に世の中で生活していく方法と言うことを学んでいたのだと思います。

 しかしそう言った機会が激減してしまった現在、本を読むこともなく、家事に関心を寄せることもなく、命の大切さや他者との交流の方法を学ぶ場もないままに成長しつつある子供が増えているように思います。これはすでに30代、40代の大人の方の中にもいるかもしれません。

 その結果、引きこもりやいじめ、学級崩壊等という事件が生じているのではと思っています。

 さらに家庭での体験が少ないわけですから、保育園や幼稚園では、遊びや学びを通して、挨拶や行儀作法集団生活のルールまで教えなくてはいけない事になりました。

 また小学校に入学してくると、今度は勉強という学習活動のために、きちんと椅子に座る、先生の話を聞く、授業中は飲んだり食べたりしない、というような基本的なマナーを教える必要が生じています。

 さらに学校行事を通して、集団での活動のルールを学んだり、清掃活動により、ほうきの使い方やモップ、雑巾のかけ方、ということまで学びますが、高校に入学してもほうきの使い方がでたらめな生徒がいることも事実です。

 ただ文字にしてしまうと不安感ばかりあおるような気もしますが、実際の小学校では、大多数の生徒は意欲に溢れ、学校から教えられることを素直に受け入れ、新しいルールや規則にうまく順応して、楽しい毎日を送っているように見えます。

 これは、保育園から小学校までの間に、学習活動以外の分野で大変な努力が払われているからだと解釈しています。一方、この時期がその後の学習活動を活発にするかどうかの分岐点ではないかとも思っています。

 つまり生活習慣がきちっとしていて、学校のルールや規則に順応でき、その中で意欲を持って学習に専念できる子供が、学習活動の分野で伸びていくのではと思っています。(ここまでの結論としては当たり前の事ですね)

 似たようなことを長々と書いています。結局何を言いたいのかというと、家庭では子供が規律正しく生活できるような習慣づけを親が責任を持って行う、と言うのが最低条件。

 その次に、人間の成長というのは、発達心理学という学問にも書かれていますが、その時期その時期に適合した課題を与えられることにより、能力や個性が伸びていきますので、自分の子供が今現在どんなことに興味関心を持っているのか、ということを察知し、それに沿ったおもちゃや遊びを行うことが大事だと思います。

 具体的には、砂遊びをしたいような時期の幼児を、無理矢理ブランコにのせても喜ばないどころか、恐怖心が芽生えてしまうというようなことです。

 また絵本や物語に書かれている絵や活字というものに関心を持つ時期は結構大事だと思います。絵本に関心が出てきたのに肝心の絵本がなければ、徐々に活字離れが進みます。だからといって、本人が望みもしないのに絵本を山のように積み上げても逆効果です。時期が来たなと思ったら、図書館あたりに連れて行って様子を見るのも良いと思います。

 小学校に入学する頃になると自転車に乗りたがる子供が増えますが、交通ルールを教える一番良い時期です。ただこういった家庭教育は、親に経済的、時間的ゆとりがないとなかなかうまくいきません。現在の日本の社会のウイークポイントではないでしょうか。

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