人類はいつ頃ハワイにたどり着いたのか
自分で研究したわけではないので、この辺りはウィキペディアに書かれているようなことの受け売りになりますが、そこには、当初はマルケサス諸島やタヒチからカヌーでたどり着いたポリネシア系の人がいたと書かれています。
しかしあっさりと書かれていますが、地図で見るとマルケサス諸島はハワイの南東3000kmぐらいの位置にあります。東京からフィリピンまでの距離です。そんな距離を小さなカヌーでこぎ抜くことが出来るのか疑問です。
またタヒチ島は、間にクック諸島やライン諸島をはさんでいますが、距離にするとハワイから4000kmぐらい離れています。
私はこれまで10回以上ハワイに行き、ビショップミュージアムやハワイ・マリタイムセンターでハワイの歴史を見て、分かっていたつもりでしたが、今回改めて距離のことまで考えてみて、とんでもない距離を渡ってきたんだなと感動しました。
数年前に「ホクレア号」という船で、実際にこれらの航海を試みて成功し、ハワイへの漂着が証明されたみたいな記事を読んだことがありましたが、現代でも大変な航海だったことは間違いありません。
ましてや昔の小さな船では本当に死ぬか生きるかの航海だったのではないかと推測されます。
ただこの時代にハワイに漂着し暮らしていた人は、文字文化を持っていなかったため、歴史的な記録がなく、今推測する資料として考えられているのは、いわゆる溶岩に書かれたペトログリフ島の研究から分かったようです。
またやって来た年代は、遺跡の年代測定から紀元前500年から3世紀ぐらいまでと推測されているようです。(ウィキペディアより)
しかしこのような記述を読んでいると、今までは何気なく単なるシンボルだと思っていたペトログリフの図柄も、大きな意味を持っていたんだなと気づかされます。次回ハワイに行ったら、この辺りのことも改めて見直そうと思います。
この時代、日本では
一方紀元前500年から3世紀ぐらいまでの間に、日本ではどのようなことが起きていたのか気になってきたので、これも調べてみました。
すると縄文時代という語句が出てきました。およそ紀元前3世紀までと書かれています。そしてその次に出てくるのが弥生文化です。まるで日本史の復習ですね。余計なことですが、私は苦手でした。
弥生式文化の特徴は、稲作が普及し、いわゆる農耕社会が形成された時期です。日本民族の資質が醸成した時期です。
いろいろなことを共同作業で行うために、全体の和を尊重し、時には自分のわがままを抑えつつ、大勢に寄りついて生きていくという姿勢です。
農耕社会の形成と共に、農機具も改良が加えられ、銅器や鉄器が使われるようになったようですが、これ以上は深入りしません。
要するに言いたいことは、日本では稲作文化が花開いていた時期に、ハワイ周辺では、命をかけて移住が行われていたということです。