クックの訪問

ポリネシアの人たちはなぜハワイに行く必要があったのか

 これについてはどうもよく分かっていないみたいですね。でも人口が増えれば、必然的に新しい土地を求めるでしょうし、もともとタヒチ等の島に住んでいた人も。他の場所から移り住んできたわけですから、島から島へどんどん移動していくのは当たり前のことなのかもしれません。

 また漁に出て流されたりしたこともあったかもしれません。意図的か偶然かは分かりませんが、最初にたどり着いた人間は、島の植物の豊穣さに驚いたのではないかと思います。

 実際にこれらの移住が盛んになったのは紀元900年前後とされているようです。これらの人々はハワイの気候の素晴らしさを満喫し、故郷の島と盛んに行き交い、次々と動植物を持ち込んだと推察されています。

 この交流は14世紀頃まで続いたとウィキペディアに書かれていますが、この間にタロイモ、ココナッツ、バナナ、ブタ、犬、鶏等が持ち込まれたようです。

 一方12世紀頃から、移り住んだ人々の間に階級社会が形成され、政治的統治のために様々な宗教的儀式が培われたようです。

 ちょうどこの頃は日本では鎌倉幕府の時代です。


クックのハワイ諸島訪問

 1778年にイギリスのクックがハワイ諸島を訪れました。このクックという人は相当探検が好きだったようで、都合3回世界的な航海に出かけています。

 資金はどうしたのだろうか?なんてつまらない疑問が頭をかすめますが、イギリス海軍の大佐という肩書きを持っていて、海軍に所属したことで、航海術に磨きをかけ、さらに海図の作成がうまかったようで、いろいろと便宜を図ってもらえたのではないかと推定できます。

 クックが最初に上陸したのはカウアイ島の「ワイメア・ベイ」ですが、彼はこの島々を「サンドウイッッチ諸島」と名付けました。これは食べるサンドイッチではなく、海軍の提督の名前です。

 ちなみにハワイという名前の語源ははっきりとは分かっていないみたいです。いくつか説があって、最初に住んだ人の名前にちなんだ、移り住んできた人が以前に住んでいた島の名前、ハワイイという語句そのものが神のいる場所を示している、などです。

 個人的には最後の「神のいる場所」というのに、ロマンを感じてしまいます。実際ハワイで生活していると、いつもの日常生活とは違うパワーを感じます。ハワイが好きなる一因にもなっています。

 さて、日本の黒船でもそうですが、いきなり沖合から大きな船が現れ、何やらよく分からない言葉をしゃべる人間を見て、裸同然で暮らしていた人は肝をつぶしたのではないでしょうか。

 クックがハワイを訪れたときは、ちょうど神をあがめる祭りの最中だったため、最初はクックを神とあがめたようです。そのためハワイの人々は神の一行に贅沢な食物を振る舞い大歓迎しました。一方、クック側からは釣り針のための釘や動物、植物の種が贈られたようです。

 この頃、日本は江戸時代。世の中は戦乱も収まり比較的落ち着き、文明が少しずつ開花していった時期です。



クックの死亡


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