主治医が記録係りを連れて現われた。いつものように、最初に現状の説明。
「先週のCHOP療法により、熱とカルシウム値が下がり、病状は良い方向に向かっています」
「また乳腺の赤味が消え、クレアチニンは入院当初の最大3から1.1に減少しました。現在尿量が増えていますが、これは腎臓が良くなる過程で起きる場合があるので心配は要りません」
「今回のCHOP療法は通常の半分の量で行いました。本来なら、これを2〜3週ごとに何回か繰り返すのが標準的な治療です」
「しかしながらYさんの場合は、病気細胞が骨髄、肝臓、腎臓に広がっています。これはかなり厳しい状態で、通常のCHOP療法では病気の勢いを抑えきれないことが予想されます」
そして新しい療法の提案。
「そこで次回以降の治療法として、化学療法としてはもう一段強力なCyclo BEAP療法を行いたいと考えています」
「これはCHOPにリツキサン、ラステット(植物アルカロイドとして分類されている抗ガン剤で、細胞分裂時に機能する微小管のはたらきを阻害する)、ブレオ(抗ガン性抗生物質)を加えたものです」
「短期間に大量の薬剤を投与して、一気にリンパ腫細胞を抑えつけてしまうのが目的です。治療期間は約3ヶ月を想定しています」
(実際にはいろいろな副作用や骨髄抑制のため、この期間は延びる事が多い)
「この療法を行う場合、強い副作用が出る可能性があります。特にリツキサンは蛋白製剤なので、初回の副作用はきつくなる事が予想されます」
「今後白血球が増加に転じたところで、この療法を始めたいと考えています。具体的には来週月曜ぐらいを予定しています」
「使用する薬は保険適用になっていますが、現在はまだ臨床試験の段階です。(臨床試験というものが何を意味するのか、この時はまだ良く分かっていなかった)ただし、すでに効果は認められている治療法です」
「臨床試験となるので、この治療法を取り入れるかどうかは、患者さんと家族の同意が必要になりますので、家族でよく話し合って結論を出してください」
なんだかよくわからないままに、事がどんどん進んでいく。治療法に対する知識があまりに不足している。
悪性リンパ腫の標準治療がCHOPという名前であることは前回の治療で知っていたが、具体的にその効能や副作用、作用のメカニズムといった知識は皆無であった。
その段階で次の治療法を選択しろと言われても、戸惑うばかりである。しかしゆっくり考えてもいられない。決断が遅れればそれだけ病状が進行するのである。